立ち上がり22秒の失点が映す構造的問題 エスパルスに漂う「遅さ」の正体

エスパルス

 

エスパルス5試合未勝利、完全に浮き彫りになった構造的な問題

エスパルスは前節の川崎フロンターレ戦を含め、5試合連続で勝利がなく、1分4敗という結果に終わっています。この5試合の得点はわずかに2。FC東京戦でのGKのミスによる1点と、前節のPKによる1点だけです。

守備が崩れていないことが唯一の拠り所でしたが、前節ついに3失点を喫し、その拠り所も失われました。この現状を、単純に「結果が出ない」で片づけてよいのか。今回は前節の失点シーンを起点に、その背景にある構造的な問題について考えてみたいと思います。

前節22秒の失点は決して「事故」ではない

前節、清水は開始わずか22秒で先制点を許しました。この失点によってゲームプランが崩れた、という見方もあります。しかし、事故として片づけてしまうことには違和感があります。むしろこの失点シーンこそ、エスパルスが抱える問題の根本を映し出しているように見えます。

高橋祐治選手は、このシーンについて「チームが前に行き過ぎて後ろのスペースを取られた」とコメントしています。しかし映像から受ける印象は少し異なります。

1つ前の対応が遅れた、つまり反応そのものが遅かったというのが実際に近いのではないでしょうか。守備の急所をあっさり突かれたということは、その瞬間そこにエスパルスの選手がいなかったことを意味します。

試合の立ち上がりは、まだ脳が冷静な時間帯です。裏を返せば、それこそ「考える余地」がある時間帯だということです。考えてプレーすることによる選手間の意図のズレ、考えてから動くことによる対応の遅れ、そして中途半端なプレー。これらが重なった結果としての失点、という見方もできるはずです。

考えながらプレーを選択することで生じている遅さ

吉田監督の戦術が細かく難しいということは、ヴィッセル神戸時代から言われてきたことです。難しいということは、選手たちが考えながらプレーしなければならないということでもあります。

もし今のエスパルスの選手たちが、まだ考えながらプレーをしている段階にあるとすれば、この日の失点や、後方からのビルドアップでのミスの多発も、違う視点で見えてきます。後ろからつなごうとした際にミスで相手にボールを渡してしまうシーンが目立ちましたが、これもプレーが一瞬遅くなったことで相手に詰められた結果と言えるでしょう。退場シーンもまた、プレーの遅さが招いた結果だったと考えられます。

残念なのは、この退場シーンが百年構想リーグからチームに関わってきた選手、梅田選手、住吉選手、弓場選手のプレーから生まれたことです。8か月という時間をかけてきた選手であれば、新加入選手より戦術への理解度・適応度は高いはずです。それでもなお、このプレーが出てしまったという事実は、今のエスパルスの現状を如実に表しているのかもしれません。

エスパルスと神戸の選手の差、そして今問われる決断

吉田監督が実績を残した神戸の選手たちとの差は、無意識のうちに正しいプレーを選択できる選手の数にあるのかもしれません。フィジカルやテクニックだけでなく、戦術理解度と実行度の高い選手が揃っていたからこそ、あの難しい戦術が機能していたのでしょう。

考えながらプレーをすれば、判断とスピードが落ちるのは間違いありません。ゴールに迫れないことも、プレーのどこかでコンマ何秒かの遅れが積み重なり、停滞を生んでいると考えられます。タイミングが偶然かみ合った時だけシュートに至るという現状も、この視点と無関係ではないはずです。

ここまでの内容はあくまで一つの仮説であり、実際に当てはまっているかどうかは分かりません。ただ、もしこの仮説が現状に影響を与えているとすれば、すぐに改善するのは簡単ではないでしょう。積み上げてきたものを一旦手放し、やることを削ぎ落としてシンプルにする。この選択には、自分たちがこれまで築いてきたものを否定する作業が伴います。だからこそ、簡単に選べる話ではありません。それでも、今のエスパルスにはその決断が問われているのかもしれません。

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